養生訓
―貝原益軒の健康書―
江戸中期の大衆向け健康書。八巻。貝原益軒著。正徳三年(1713)成立・刊行。
精神・肉体の衛生を保つため、生活する上で心得ておくべきことを具体的に平易に説く。
要旨は、内欲(飲食、性欲)を抑え、外邪(寒熱)を防ぐことにあり、主体的な健康維持への努力を強調しており、総論、飲食、飲酒、飲茶、煙草、慎色欲、五官、二便、洗浴、慎病、択医、用薬、養老、育幼、鍼、灸の各項が事実に即した考えをもとに具体的に詳論されている。
「益軒十訓」の一つとして広く流布。貝原養生訓とも。
人生五十にいたらざれば、血気いまだ定まらず。知恵いまだ開けず、古今にうとくして、世変になれず。言あやまり多く、行悔多し。人生の理も楽もいまだしらず。
五十にいたらずして死するを夭と云。是亦、不幸短命と云べし。長生すれば、楽多く益多し。
日々にいまだ知らざる事をしり、月々にいまだ能せざる事をよくす。この故に学問の長進する事も、知識の明達なる事も、長生せざれば得がたし。(巻第一 総論上)
養生の四要は、暴怒をさり、思慮をすくなくし、言語をすくなくし、嗜慾をすくなくすべし。(巻第二 総論下)
清き物、かうばしき物、もろく和かなる物、味かろき物、性よき物、此五の物をこのんで食ふべし。益ありて損なし。是に反する物食ふべからず。此事、もろこしの書にも見えたり。(巻第三 飲食上)
怒の後、早く食すべからず。食後、怒るべからず。憂ひて食すべからず。食して憂ふべからず。(巻第四 飲食下)
凡酒はただ朝夕の飯後にのむべし。昼と夜と空腹に飲べからず。皆害あり。朝間空腹にのむは、殊更脾胃をやぶる。(巻第四 飲酒)
飯後に熱茶少のんで食を消し、渇をやむべし。塩を入てのむべからず。腎をやぶる。空腹に茶を飲べからず。脾胃を損ず。濃茶は多く呑べからず。発生の気を損ず。(巻第四 飲茶 烟草附)
烟草は性毒あり。煙をふくみて眩ひ倒るゝ事あり。習へば大なる害なく、少は益ありといへ共、損多し。病をなす事あり。
又、火災のうれひあり。習へばくせになり、むさぼりて後には止めがたし。事多くなり、いたつがはしく家僕を労す。初よりふくまざるにしかず。貧民は費多し。(巻第四 飲茶 烟草附)
わかく盛なる人は、殊に男女の情慾、かたく慎しんで、過すくなかるべし。慾念をおこさずして、腎気をうごかすべからず。房事を快くせんために、烏頭附子等の熱薬のむべからず。(巻第四 慎色慾)
ねむるに口をとづべし。口をひらきてねむれば、真気を失なひ、又、牙歯早くをつ。(巻第五 五官)
二便は早く通じて去べし。こらゆるは害あり。(巻第五 二便)
女人、経水来る時、頭を洗ふべからず。(巻第五 洗浴)
熱食して汗いでば、風に当るべからず。(巻第六 慎病)
医とならば、君子医となるべし、小人医となるべからず。君子医は人のためにす。人を救ふに、志専一なる也。小人医はわが為にす。わが身の利養のみ志し、人をすくふに志専ならず。(巻第六 択医)
薬をのまずして、おのづからいゆる病多し。是をしらで、みだりに薬を用て、薬にあてられて病をまし、食をさまたげ、久しくいゑずして、死にいたるも亦多し。薬を用る事つつしむべし。(巻第七 用薬)
老の身は、余命久しからざる事を思ひ、心を用る事わかき時にかはるべし。心しづかに、事すくなくて、人に交はる事もまれならんこそ、あひ似あひてよろしかるべけれ。是も亦、老人の気を養ふ道なり。(巻第八 養老)
貧家の子は、衣食ともしき故、無病にしていのち長し。(巻第八 育幼)
浴して後、即時に鍼すべからず。酒に酔へる人に鍼すべからず。食に飽て即時に鍼さすべからず。(巻第八 鍼)
項のあたり、上部に灸すべからず。気のぼる。老人気のぼりては、くせになりてやまず。(巻第八 灸法)