枕草子
―平安女流文学の代表作―
随筆。清少納言著。長保三年(1001)ごろ成立。
異本が多く、雑纂本系の三巻本・伝能因本、類纂本系の前田家本・堺本がある。
内容によって、「山は」「木の花は」「鳥は」や「すさまじきもの」「にくきもの」「うつくしきもの」のように、「~は」や「~もの」で始まる類聚章段、「春は曙」「生ひさきなく」「野分のまたの日こそ」のように、自然や人事に対して独自の観察や感懐を記す随想章段、「大進生昌の家に」「上にさぶらふ御猫は」「清涼殿の丑寅のすみの」のように、宮仕え中の見聞を回想する日記章段に分類される。
澄んだ鋭敏な目で周囲に美を発見し、人生の断章を印象深く把握する。「をかし」の美を基軸に据え、描写は正確・簡潔で、『源氏物語』と並んで平安文学の双璧であり、随筆文学の代表と称される。清少納言枕草子、清少納言記とも。
春は、曙。やうやう白くなりゆく、山際すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる。
夏は、夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨などの降るも、をかし。
秋は、夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の、寝所へ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。
冬は、早朝。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもてゆけば、炭櫃火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。(第一段)
ありがたきもの 舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。毛のよく抜くる銀の毛抜き。主そしらぬ従者。(第七十二段)
近うて遠きもの 宮のべの祭り。思はぬ同胞・親族の仲。鞍馬の九十九折といふ道。師走の晦日の日、正月の朔日の日のほど。(第百六十一段)
女の一人住む所は、いたくあばれて、築土なども全からず、池などある所も、水草ゐ、庭なども、蓬に茂りなどこそせねども、所々、砂の中より、青き草うち見え、寂しげなるこそ、あはれなれ。(第百七十三段)
宮に始めて参りたるころ、ものの恥づかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の御几帳の後に候ふに、絵など取り出でて見せさせ給ふを、手にてもえさし出づまじう、わりなし。(第百七十九段)