土佐日記
―我が国最古の仮名書きの日記―
日記。一巻。紀貫之作。承平五年(935)ごろ成立。
土佐守の任を終えた貫之が、京に着くまでの五十五日間の体験を記した旅日記。土佐で失った愛児への追憶を中心に、海路の不安、帰京への期待と喜びなどが記されている。
「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」という文章で始まっており、女性に仮託した仮名文で描かれている。
男性の漢文日記に対し、仮名文を用いることで感慨を自由につづる日記文学のジャンルを確立した。古くは「土左日記」と書き、「とさのにっき」と読んだ。
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。某年の十二月の二十日余一日の日の戌のときに、門出す。その由、いさゝかものに書きつく。
ある人、県の四年五年はてゝ、例の事どもみなしをへて、解由などとりて、すむ館より出でゝ、船に乗るべきところへ渡る。
かれこれ、知る知らぬ、送りす。年来よくくらべつる人々なむ、別れがたく思ひて、日しきりにとかくしつゝ、喧るうちに夜ふけぬ。
廿二日に、和泉国までと、たひらかに願たつ。藤原のときざね、船路なれど、餞す。上中下、酔ひあきて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれあへり。
十三日のあかつきに、いさゝかに雨ふる。しばしありて止みぬ。女これかれ、浴などせむとて、あたりのよろしき所に下りて行く。海を見やれば、
くもゝみなゝみとぞみゆるあまもがないづれかうみとゝひてしるべく
となむ歌詠める。
さて、十日あまりなれば、月おもしろし。船に乗り始めし日より、船には紅濃くよき衣着ず。それは「海の神に怖ぢて」といひて。なにの葦蔭にことづけて、老海鼠の交の貽貝鮨、鮨鮑をぞ、心にもあらぬ脛にあげて見せける。
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