山家集
―漂泊の歌人・西行の代表的歌集―
私家集。三巻。西行作(おそらくは他撰)。平安時代末期から鎌倉時代初期の成立。
歌数約千五百五十首を、四季・恋・雑に分類して収める。旅や草庵の生活で得られた感慨を詠った歌に特色がある。六家集の一つ。
有名な「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」はこの歌集に収録されている。
世の中をそむきはてぬと云ひおかむ思ひしるべき人はなくとも
吉野山さくらが枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな
わが涙しぐれの雨にたぐへばや紅葉の色の袖にまがへる
あくがるる心はさても山桜ちりなむ後や身にかへるべき
桜さく四方の山辺をかぬる間にのどかに花を見ぬ心地する
雨しのぐ身延の郷のかき柴に巣立はじむる鶯のこゑ
身を分けて見ぬ梢なく尽さばやよろづの山の花の盛を
鹿の音をかき根にこめて聞くのみか月もすみけり秋の山里
いかでかは散らであれとも思ふべき暫しと慕ふ情知れ花
鈴鹿山うき世をよそにふり捨てていかになり行く我が身なるらむ
もろともに我をも具してちりね花うき世をいとふ心ある身ぞ
緑なる松にかさなる白雪は柳のきぬを山におほへる
いとふ世も月澄む秋になりぬれば長らへずばと思ふなるかな
ゆくへなく月に心の澄みすみて果はいかにかならむとすらむ
竹の音も荻吹く風のすくなきにくはへて聞けばやさしかりけり
捨てし折の心をさらにあらためて見る世の人に別れ果てなむ
誰来なむ月の光に誘はれてと思ふに夜半の明けにけるかな
わか菜つむ野辺の霞ぞあはれなる昔を遠く隔つと思へば
花にそむ心のいかで残りけむ捨て果ててきと思ふわが身に
捨つとならばうき世を厭ふしるしあらむ我には曇れ秋の夜の月
心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ沢の秋の夕暮
世の中を捨てて捨て得ぬ心地して都はなれぬ我が身なりけり
さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵並べむ冬の山里
年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり佐夜の中山
捨てたれどかくれて住まぬ人になれば猶世にあるに似たるなりけり