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とりかへばやものがたり
―性の倒錯がテーマの悲喜劇―

平安末期の物語。四巻。作者未詳。

現存本は平安末期成立の「古とりかえばや」の改作で鎌倉初期の成立。

大納言兼大将の男女二子は美しく瓜二つであったが性質は男女逆で、父に「とりかえばや(取り替えっこしたい)」と嘆息され、性を入れ替えて育った。そのために起こる様々な事件を描く。

 いづれもやうやう大人おとなび給ふままに、若君は、あさましう物恥ものはぢをのみし給ひて、女房にようばうなどにだに少し御前おまへ遠きには見え給ふこともなく、父殿ちちとのをもうとくはづかしくのみおぼして、やうやう御書おんふみ習はし、さるべきことども教へ聞え給へど、おぼしもかけず。

 ただいとはづかしとのみおぼして、御帳みちやうの内にのみうづもれ入りつつ、絵書き、ひいな遊び・貝覆かひおほひなどし給ふを、殿とのは、いとあさましきことにおぼしのたまはせて、常にさいなみ給へば、はてはては涙をさへこぼして、「あさましうつつまし」とのみおぼしつつ、ただ母上ははうへ御乳母おんめのと、さらぬはむげに小さきわらはなどにぞ見え給ふ。

 さらぬ女房などの御前おまへへもまゐれば、御几帳みきちやうにまつはれて、「はづかしういみじ」とのみおぼしたるを、いとめづらかなることにおぼし嘆くに、また姫君は、今よりいとさがなく、をさをさうちにもものし給はず。にのみつとおはして、若きをのこども・わらはなどと、まり小弓こゆみなどをのみもてあそび給ふ。  御出居おんいでゐにも人々まゐりて、ふみ作り、笛吹き、歌うたひなどするにも、走り出で給ひて、もろともに、人も教へ聞えぬ琴・笛のも、いみじう吹きたてき鳴らし給ふ。

 物うちずんじ、歌うたひなどし給ふを、参り給ふ殿上人てんじやうびと上達部かんだちめなどは、めでうつくしみ聞えつつ、かたへは教へたてまつりて、「この御腹おんはらのをば姫君と聞えしは、僻事ひがごとなりけり」などぞみな思ひあへる。

 殿とのの見合ひ給へる折こそ、取りとどめても隠し給へ、人々の参るには、殿の御装束おんさうぞくなどし給ふほど、まづ走り出で給ひて、かく馴れ遊び給へば、なかなかえ制し聞え給はねば、ただ若君とのみ思ひて、きようじうつくしみ聞え合へるを、さ思はせてのみものし給ふ。御心みこころのうちにぞいとあさましく、返す返す「取りかへばや」とおぼされける。