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落窪おちくぼものがたり
―日本版シンデレラ物語―

平安時代の物語。四巻。作者未詳。十世紀末ごろ成立。

継母に虐待され、落窪の間に押し込められていた中納言忠頼の娘である姫君が、のち左近少将の正妻となって復讐を果たし、その結果、少将と姫君は幸せになるという内容。

首尾一貫した構成をもつ作品で、『源氏物語』をはじめ後代の文学に影響を与えた。

 今は昔、中納言なる人の、むすめあまたたまへるおはしき。大君、中の君には婿むこ取りして、西の対、東の対に、花々として住ませ奉り給ふに、三、四の君に、裳着せたて奉り給はむとて、かしづきそし給ふ。

また、時々通ひ給ひけるわかうどほり腹の君とて、母もなき御むすめおはす。北の方、心やいかがおはしけむ。

仕うまつる御達の数にだに思さず、寝殿の放出の、また一間なる落窪おちくぼなる所の、二間なるになむ住ませ給ひける。

君達とも言はず、御方とはまして言はせ給ふべくもあらず。名をつけむとすれば、さすがに、おとどの思す心あるべしと、つつみ給ひて、「落窪の君と言へ」と宣へば、人々も、さ言ふ。(巻一)

 阿漕あこぎ、いかでこの文奉らむと、握り持ちて思ひ歩くに、さらに部屋の戸あかず、わびしと思ふ。少将と帯刀とは、ただぬすみ出でむとたばかりをし給ふ。

我ゆゑに、かかる目も見るぞと思ふに、いとあなれにて、いかでこれぬすみ出でてのちに、北の方に、心惑はすばかりに、ねたき目見せむと思ひいふ。ほとほと執念く、心深くなむおはしける。

 かの語らひし少納言、交野の少将の文持て来たるに、かくこもりたれば、あさましく、くちをしう、あはれにて、阿漕あこぎと、「いかに思すらむ。などかかる世ならむ」とうち語らひて、忍びて泣く。(巻二)

 かかる物思ひに添へて、三条いとめでたく造り立てて、「六月みなつきに渡りなむ。ここにて、かくいみじき目を見るは、ここのしきかと、試みむ」とて、御むすめども引き具していそぎ給ふ。

衛門聞きつけて、男君の臥し給へるほどに申す、「三条殿は、いとめでたく造り立てて、皆ひきゐて渡りたまふべかなり。故上の『ここ失はで住み給へ。故大宮の、いとをかしうて住み給ひし所なれば、いとあはれになむおぼゆる』と、返す返す聞えおき給ひしものを、かく目に見す見す領じたまふよ。いかで領ぜさせ果てじ」と言へば、男君「券はありや」と宣へば、「いとたしかにてさぶらふ」。(巻三)

 かくて、やうやう中納言重く悩み給へば、大将殿、いとほしく思し嘆きて、修法などあまたせさせ給へば、中納言「何かは、今は思ふことも侍らねば、命惜しくもはべらず。わづらはしく、何かは折りせさせ給ふ」と申したまふ。

弱るやうひなり給へば、「なほ死ぬべきなめり。今しばし生きてあらばやと思ふは、わが年ごろ沈みて、昨日今日の若人どもに多く越えられて、なり劣りつるになむ、恥に思ひける。

わが君の、かばかり顧みたまふ御世に、命だにあらば、なりぬと思へるに、また、かく死ぬれば、わが身の、大納言になるまじき報にてこそありけれど、これのみぞ、あかずおぼゆること、さては老い果ての面立たしさは、おのれにまさる人、世にあらじ」と宣ふを、大将聞き給ひて、あはれにおぼゆること限りなし。(巻四)