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ごろもものがたり
―『源氏物語』に続く物語文学の傑作―

物語。四巻四冊。六条斎院宣旨ろくじょうさいいんのせんじ(源頼国の娘)作。11世紀後半の成立。

主人公の狭衣大将が従妹の源氏の宮への思慕の情を中心とした恋愛生活を描く。『源氏物語』の影響が著しい。

少年の春は、しめどもとゞまらぬものなりければ、弥生やよひ廿日はつかあまりにもなりぬ。御まへの木だちなにとなくあをわたれる中に、中島なかじまの藤は、「松にとのみも」おもはずきかゝりて、山ほとゝぎす待顔なるに、いけみぎは八重山吹やえやまぶきは、「井わたりにや」とえたり。

「光源氏の、『身もげつべき』との給けんも、かくや」と、ひと見給みたまふもかねば、さぶらわらはの、おかしげなる、ちいさきして、一枝ひとえだづつらせたまひて、源氏げんじみやの御かたまいり給へれば、御前には、中納言・中将などいふ人々、かき、いろどりなどせさせたまひて、みやは御手習てならひなどせさせ給て、ひふしてぞおはしける。

「この花どもの夕映ゆふばへは、つねよりもおかしくさぶらふものかな。春宮とうぐうの、「さかりには、かならせよ」とのたまはせしものを。いかで、一枝ひとえだらんぜさせてしがな」とて、うちき給へるを、みやすこきあがりたまひて、見をこせたまへる御まみ・つらつきなどのうつくしさは、花の色々にも、こよなふまさり給へるを、れいむねさはぎて、はなにはもとまらず、つくづくとまぼらせ給ふ。

はなこそはるの」と、とりきて山ぶきり給へる御つきなども、らずうつくしきを、人らず、わが御身にへまほしうおぼさるゝさまぞ、いみじきや。「くちなしにしも、めにけんちぎりぞ、口惜くちをしき。心のうち、いかにくるしからん」とのたまへば、中納言の君、「さるは、ことしげう侍るものを」といふ。(巻一)