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三四郎
―漱石の青春小説の傑作―

三四郎
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夏目漱石(1867~1916)の長編小説。明治41年(1908)、「朝日新聞」に連載。

熊本の高等学校を卒業し大学進学のため上京してきた小川三四郎の学生生活を描く。広田先生をはじめ友人たちとの交流、里見美禰子みねことの淡い恋を中心とした青春小説となっている。

美禰子のモデルは漱石の弟子・森田草平と心中未遂事件を起こした平塚らいてうであったともいわれている。

それから』 『門』へと続く「前期三部作」の最初の作品。青春小説の傑作。

「迷子の英訳を知つて入らしつて」

 三四郎は知るとも、知らぬとも云ひ得ぬ程に、此問を予期してゐなかつた。

「教へてあげませうか」

「ええ」

迷へる子ストレイシープ――解かつて?」(五)

「結婚なさるさうですね」

 美禰子は白い手帛を袂へ落とした。

「御存じなの」と云ひながら、二重瞼ふたへまぶたを細目にして、男の顔を見た。三四郎を遠くに置いて、却て遠くにゐるのを気遣ひ過た眼付である。其癖眉丈ははつきり落ついてゐる。三四郎の舌が上顎へ密着ひっついて仕舞つた。

 女はやゝしばらく三四郎を眺めた後、聞兼る程の嘆息ためいきをかすかに漏らした。やがて細い手を濃い眉の上に加へて云つた。

「我はわがとがを知る。我が罪は常に我が前にあり」(十二)

 野々宮さんは招待状を引き千切つて床の上に棄てた。やがて先生と共に外の画の評に取り掛る。与次郎丈が三四郎の傍へ来た。

「どうだ森の女は」

「森の女と云ふ題が悪い」

「ぢや何とすれば好いんだ」

 三四郎は何とも答なかつた。たゞ口の中で迷羊ストレイシープ迷羊ストレイシープと繰返した。(十三)