日本の橋
―保田與重郎の代表的文芸評論―
保田與重郎(1910~1981)の評論。
昭和11年(1936)11月、芝書店刊。
西洋の橋と日本の橋の意味と役割を比較し、「日本の美がどういふ形で橋にあらはれ、又橋によつて考へられ、次にはあらはされたか」を若い人に訴えている。
著者の出世作であり、第1回池谷信三郎賞を受賞した。
東海道の田子浦の近くを汽車が通るとき、私は車窓から一つの小さい石の橋を見たことがある。橋柱には小さいアーチがいくつかあつた。
勿論古いものである筈もなく、或ひは混凝土造りのやうにも思はれた。海岸に近く、狭い平地の中にあつて、その橋が小さいだけにはつきりと蕪れた周囲に位置を占めてゐるさまが、眺めてゐて無性になつかしく思はれた。
東海道を上下する度に、その暫くの時間に見える橋は数年来の楽しみとなつた。この数年の間、年毎に少くとも数回はここを往復して関西にゆき東京にきた。
その度に思ひ出してゐつゝ、いつも見落すことの方が多い。めつたに人も通つてゐない。そのあたりの道さへ人の歩いてゐることなどつひに一度も見たことがない。
いつか橋を考へてゐるなら、その瞬間にこんな橋を思ひ出す、それはまことに日本のどこにもある哀つぽい橋であつた。
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