>   近現代   >   厄除け詩集

厄除やくよしゅう
―「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」で知られる井伏鱒二の詩集―

井伏鱒二(1898~1993)著。
昭和12年(1937)5月、野田書房より刊行。

主に「厄除け詩集」と名づけられた創作詩と有名な漢詩を訳した「訳詩」から構成されている。

創作詩では、「なだれ」「つくだ煮の小魚」「歳末閑居」「寒夜母を思ふ」等、ユーモラスで味わい深い逸品が揃っている。漢詩訳ではりょう「勧酒」の訳がとくに有名。

   なだれ
峯の雪が裂け
雪がなだれる
そのなだれに
熊が乗つてゐる
あぐらをかき
安閑と
たばこをすふやうな恰好で
そこに一ぴき熊がゐる

   つくだ煮の小魚
ある日 雨の晴れまに
竹の皮に包んだつくだ煮が
水たまりにこぼれ落ちた
つくだ煮の小魚達は
その一ぴき一ぴきを見てみれば
目を大きく見開いて
になつて互にからみあつてゐる
ひれも尻尾も折れてゐない
顎の呼吸こきふするところには 色つやさへある
そして 水たまりの底に放たれたが
あめ色の小魚達は
互に生きて返らなんだ

   勧酒    于武陵
コノサカヅキヲ受ケテクレ (勧君金屈巵)
ドウゾナミナミツガシテオクレ (満酌不須辞)
ハナニアラシノタトヘモアルゾ (花発多風雨)
「サヨナラ」ダケガ人生ダ (人生足別離)

   春暁    孟浩然
ハルノネザメノウツツデ聞ケバ (春眠不覚暁)
トリノナクネデ目ガサメマシタ (処処聞啼鳥)
ヨルノアラシニ雨マジリ (夜来風雨声)
散ツタ木ノ花イカホドバカリ (花落知多少)