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道程どうてい
―高村光太郎の第一詩集―

高村光太郎(1883~1956)の第一歌集。
大正3年(1914)10月、抒情詩社刊。

詩75編、小曲32編を収める。作品は年代順に配列されており、前半部は帰国後、自我確立を期して苦闘した時期、後半部は智恵子との恋愛・結婚を境とし、求道的人生観が確立されたと見ることができる。

後半部の「道程」がとくに有名。

  寂寥
赤き辞典に
葬列の歩調あり
火の気なき暖炉ストオブ
鉱山かなやまにひびく杜鵑とけんの声に耳かたむけ
力士小野川の嗟嘆は
よごれたる絨毯じうたんの花模様にひそめり
何者か来り
窓のすり硝子に、ひたひたと
りんをそそぐ、ひたひたと――
黄昏たそがれはこの時赤きインキをあやまち流せり
何処いづこにか走らざるべからず
走るべき処なし
何事かさざるべからず
為すべき事なし
坐するに堪へず
脅迫は大地に満てり
いつしか我は白のフランネルに身を
蒸風呂より出でたる困憊こんぱいを心にいだいて
しきりに電磁学の原理を夢む
朱肉は塵埃に白けて
今日の仏滅の黒星をわら
晴雨計は今大擾乱だいぜうらんを起しつつ
月は重量を失ひて海に浮べり
鶴香水は封筒に黙し
何処よりともなく、折檻せつかんに泣く
お酌の悲鳴きこゆ
ああ、走るき道を教へよ
為すべき事を知らしめよ
氷河の底は火の如くに痛し
痛し、痛し

  冬が来た
きつぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹いてふの木もはうきになつた
きりきりともみ込むやうな冬が来た
人にいやがられる冬
草木にそむかれ、虫類に逃げられる冬が来た
冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食ゑじき
しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のやうな冬が来た

  道程
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄きはくを僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため