天平の甍
―鑑真来朝の経緯を描いた長編歴史小説―
井上靖(1907~91)の長編小説。
昭和32年(1957)、中央公論社刊。
奈良時代、仏教の戒律をわが国にもたらすため、普照、栄叡ら4人の留学僧が遣唐船で唐に渡り、鑑真を苦心のすえに日本に招いてくる経緯を描いている。
長編歴史小説第一作。芸術選奨受賞。
「……まことに日本という国は仏法興隆に有縁の国である。いま日本からの要請があったが、これに応えて、この一座の者の中でたれか日本国に渡って戒法を伝える者はないか」
たれも答える者はなかった。暫くすると祥彦という僧が進み出て言った。
「日本へ行くには渺漫たる滄海を渡らねばならず、百に一度も辿りつかぬと聞いております。人身は得難く、中国には生じ難し。そのように涅槃経にも説いてあります」
相手が全部言い終らぬうちに、鑒真は再び口を開いた。
「他にたれか行く者はないか」
たれも答える者はなかった。すると鑒真は三度口を開いた。
「法のためである。たとえ渺漫たる滄海が隔てようと生命を惜しむべきではあるまい。お前たちが行かないなら私が行くことにしよう」
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