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高野聖こうやひじり
―泉鏡花の耽美小説の傑作―

泉鏡花(1873~1939)の中編小説。
明治33年(1900)2月『新小説』に発表。

高野聖とは高野山に席を置く下級の修行僧のこと。

敦賀の宿で、いっしょに泊まり合わせたある高野聖が「私」に、かつて飛騨から信州へ山越したときの不思議な出来事を話して聞かせる。

細い山道で蛇や山蛭やまひるに苦しめられながら、やっとのことで一軒の山家にたどり着く。

その家には白痴の男とあやしい美女が住んでいた。高野聖はそこで恐ろしい一夜を過ごすことになる。

幻想的で独特の怪奇的耽美小説である。鏡花の代表作。

 婦人おんな衣紋えもんを抱き合わせ、ちちの下でおさえながら静かに土間どまを出て馬のわきへつつと寄った。

 わしはただ呆気あっけに取られて見ていると、爪立つまだちをして伸び上がり、手をしなやかにそらざまにして、二三度たてがみでたが。

 大きな鼻頭はなづらの正面にすっくりと立った。せいもすらすらと急に高くなったように見えた、婦人おんなは目をえ、口を結び、まゆを開いて恍惚うっとりとなった有様ありさま愛嬌あいきょう嬌態しなも、世話らしい打ち解けたふうとみせて、神か、魔かと思われる。

 その時裏の山、向こうのみね、左右前後にすくすくとあるのが、ひとひとくちばしを向け、かしらもたげて、この一落いちらくの別天地、親仁おやじ下手しもてに控え、馬に面してたたずんだ月下の美女の姿を差しのぞくがごとく、陰々いんいんとして深山みやまの気がこもって来た。

 なまぬるい風のような気勢けはいがすると思うと、左の肩から片膚かたはだを脱いだが、右の手をはずして、前へ回し、ふくらんだ胸のあたりで着ていたその単衣ひとえまるげて持ち、かすみまとわぬ姿になった。

 馬はせな、腹の皮をゆるめて汗もしとどに流れんばかり、突っ張ったあしもなよなよとして身震みぶるいをしたが、鼻面はなづらを地につけて一掴ひとつかみの白泡しろあわを吹き出したと思うと前足を折ろうとする。