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姥捨うばすて山伝説をもとにした特異な小説―

楢山節考
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深沢七郎(1914~87)の短編小説。昭和31年(1956)11月『中央公論』に発表。昭和32年(1957)中央公論社刊。

信州の山村が舞台の姥捨うばすて山伝説をもとにした特異な作品。

第1回中央公論新人賞受賞作。1958年、木下恵介監督により、1983年には今村昌平監督により映画化された。

 辰平はそっと岩かげから顔を出した。そこには目の前におりんが坐っていた。背から頭に筵を負うようにして雪を防いでいるが、前髪にも、胸にも、ひざにも雪が積っていて、白狐いろぎつねのように一点を見つめながら念仏をとなえていた。辰平は大きな声で、
「おっかあ、雪が降ってきたよう」

 おりんは静かに手を出して辰平の方に振った。それは帰れ帰れと云っているようである。
「おっかあ、寒いだろうなあ」

 おりんは頭を何回も横に振った。その時、辰平はあたりにからすが一ぴきもいなくなっているのに気がついた。雪が降ってきたから里の方へでも飛んで行ったか、巣の中にでも入ってしまったのだろうと思った。雪が降ってきてよかった。それに寒い山の風に吹かれているより雪の中に閉ざされている方が寒くないかも知れない、そしてこのまま、おっかあは眠ってしまうだろうと思った。
「おっかあ、雪が降って運がいいなあ」

 そのあとから、
「山へ行く日に」

 と歌の文句をつけ加えた。

 おりんは頭を上下に動かしてうなずきながら、辰平の声のする方に手を出して帰れ帰れと振った。辰平は、
「おっかあ、ふんとに雪が降ったなァ」

 と叫び終ると脱兎だっとのようにけて山をくだった。