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女性じょせいかんする十二章じゅうにしょう
―ベストセラーとなった伊藤整による女性論の名著―

女性に関する十二章
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伊藤せい(1905~69)の名エッセイ。昭和28年(1953)、『婦人公論』1~12月号に連載。昭和29年(1954)、中央公論社より刊行。ベストセラーとなり、映画化された。

伊藤整の女性観、恋愛観、家庭観、人生観等が余すことなく披瀝されている。

目次
 第一章 結婚と幸福
 第二章 女性の姿形
 第三章 哀れなる男性
 第四章 妻は世間の代表者
 第五章 五十歩と百歩
 第六章 愛とは何か
 第七章 正義と愛情
 第八章 苦悩について
 第九章 情緒について
 第十章 生命の意識
 第十一章 家庭とは何か
 第十二章 この世は生きるに値するか
  結びの言葉

 ……男性における性の働きは、本来強烈で、撒布的で、積極的で、できるだけ多数の女性に働きかけるように作られているからです。これに反して、女性の性は受動的で、消極的で、一つの巣を安全に守り、そこに落ちついて子を育てるように出来ています。この事は多くの動物における両性の働きを見ても明らかです。

もし男性におけるこのような積極性が失われ、男性が女性のように静かになり、受動的、受容的になったとすれば、それは男性的要素の欠乏で、去勢状態になったと言われるところのものです。

ですから、ある男性が、多情で、好色で、スケベイで、女あさりに日を送るということは、その「人間」が悪いのではなく、その人間が自己の男なる性の本来の働きの誘いに引きずりまわされ、それに駆り立てられ、抑制できない状態にあることを意味します。自己の中にある、この抑制しがたき多情さに男性は負けるのです。彼は悪人でしょうか。私の目からは、彼は本能の犠牲者で、気の毒な人間に見えます。

 ある女性を愛して結婚したから、即ち性の独占を女性に誓ったから、妻のみで満ち足りているというのは、男性の本来の姿でありません。もしある男性が、結婚していて、妻にしか性の衝動を感じない、と真心から告白したとすれは、私は、その男を偽善者だと言います。……

……普通のノーマルな男性は、妻を愛しているに拘らず、機会があれば、数多くの女性に接したいという衝動を元来与えられているものなのです。もし男性一般がそのような、可能な限り到る所に子孫を残そうという健康な本能を与えられていなかったならば、人類は大分前に滅びている筈であります。この傾向は女性にもあることは事実ですが遙かに弱いもののようです。

 男性に与えられている本来の衝動は、このような残酷なものです。それゆえ、自分の中のこのような残酷な本能に気のついている男性は、その自己の性を怖れ、恥じ、困惑し、実に閉口するのです。男性は、この本能を自己の罪であると感じて、寸時も心の安まる時のない、哀れなる存在なのです。

彼は、オヨソ女ヲ見テ心ヲ動カスモノハスデニ姦淫シタモノデアルなどと言って、自分と他人とを責めるのです。この罪の意識のない所に、即ち女性に、真の宗教家は生まれませんでした。ものを考える力を持っている男性は、絶えず強烈な罪の意識に襲われているので、その深刻さは、女性が中々理解し難い程なのであります。その結果伊藤整氏は、哀レナルモノヨ、汝ノ名ハ男デアル、と、かのシェークスピア氏と全く反対の思想を表明せざるを得ないのであります。

 しかもなお、現在の結婚生活の良識は、男性が愛人や妻ならざる女性に接することに反対しています。私もそれに賛成であります。現在までの結婚生活の中では、性の独占が犯されることは、生活全部が崩壊するような恐怖を引き起こすから、それを起こさせない為には、女性のみでなく、男性もまた妻や愛人以外の女性と戯れてはならないのです。

そこで、私が特に言いたいことは、前記のような積極的、撒布的、多面的な本能を与えられている男性が貞操を守るということは、これは非常に大きな、ほとんど自己を殺すような努力の結果だ、ということです。この男の苦しみを一般の女性は認識していません。男女同権よ、男だって不貞が悪いのは当然よ、などと、女性は公式通りに言います。

 しかし女性はノーマルな状態では、男性ほど強い散発的なる性の衝動を感じないものです。男性は、非常に大きな、意識した、意志と努力と自覚によるのでなければ、性的に貞潔であることができないものです。

もし、ある女性が、その夫や愛人が自己に貞潔を守ってくれることを理解した時、彼女は、その男性に相当強い感謝と理解とを示すべきだと私は思います。男性、それは実に抑止しがたい性の力に追いかけられていて、苛責を負える、苦しめる、罪の意識に悩める哀れな存在であることを、世の常の女性は知らずにいて、ウチノヒトはアタシを愛していない、などと単純に考えがちです。(第三章 哀れなる男性)