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人間失格にんげんしっかく
―太宰治の自伝的小説―

人間失格

太宰だざいおさむ(1909~1948)の長編小説。昭和23年(1948)6月から8月まで『展望』に連載。同年7月筑摩書房刊。

「はしがき」「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」「あとがき」から構成されている。

作者が偶然手に入れた狂人(大庭おおば葉蔵ようぞう)の幼年期から27歳までの手記を紹介するという形式をとっている。

手記は「自分」という一人称で書かれており、太宰自身の自叙伝的傾向が強い。内向的自閉的人間が破滅していくまでの心奥を深くえぐっており、太宰の才能が遺憾なく発揮されている。

完成した小説としては最後の作品でもあり、「第三の手記」部分は太宰の心中事件後に発表されたため、太宰の遺書だとも言われている。

  第一の手記
 恥の多い生涯を送って来ました。

 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。

自分は停車場のブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越えるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国の遊戯場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。

 そこで考え出したのは、道化どうけでした。

 それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。

そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。

 自分は子供の頃から、自分の家族の者たちに対してさえ、彼等がどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさに堪える事が出来ず、既に道化の上手になっていました。

つまり、自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。

  第三の手記
 けれども、自分はそれからすぐに、あのはにかむような微笑をする若い医師に案内せられ、或る病棟にいれられて、ガチャン鍵をおろされました。脳病院でした。

 女のいないところへ行くという、あのジアールを飲んだ時の自分の愚かなうわごとが、まことに奇妙に実現せられたわけでした。その病棟には、男の狂人ばかりで、看護人も男でしたし、女はひとりもいませんでした。

 いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。つまり、この病院にいれられた者は気違い、いれられなかった者は、ノーマルという事になるようです。

 神に問う。無抵抗は罪なりや?

 堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、そうしてここに連れて来られて、狂人という事になりました。いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、廃人という刻印を額に打たれる事でしょう。

 人間、失格。

 もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。

 ただ、一さいは過ぎて行きます。

 自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます。