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坊ちゃん
―漱石初期のユーモアあふれる短編小説―

夏目漱石(1867~1916)の短編小説。
明治39年(1906)4月、「ホトトギス」に発表。

当時『吾輩は猫である』が「ホトトギス」に執筆中であったため、その第10回と同じ号に掲載された。

一本気な青年である主人公が四国松山の中学校に数学の教師として赴任し、生徒たちのいたずらや、教師間の騒動に巻き込まれていく。

登場人物の同僚教師たちはすべてあだ名で呼ばれている。狸(校長)、赤シャツ(教頭)、うらなり(英語教師)、野だいこ(画学教師)、山嵐(数学教師)など、この小説のユーモア味を増している。

勧善懲悪の単純な内容で、文体も江戸っ子の軽快な語り口となっており、他の漱石作品とは趣を異にしている。

 親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間程腰を抜かした事がある。

なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出して居たら、同級生の一人が冗談に、いくら威張つても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。

小使に負ぶさつて帰つて来た時、おやぢが大きな眼をして二階位から飛び降りて腰を抜かす奴があるかと云つたから、此次は抜かさずに飛んで見せますと答へた。(一)

 挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云ふのが居た。是は文学士ださうだ。文学士と云へば大学の卒業生だからえらい人なんだらう。妙に女の様な優しい声を出す人だつた。

尤も驚いたのは此暑いのにフランネルの襯衣しやつを着て居る。いくらか薄い地には相違なくつても暑いには極つてる。文学士丈に御苦労千万な服装なりをしたもんだ。

しかもそれが赤シヤツだから人を馬鹿にしてゐる。あとから聞いたら此男は年が年中赤シヤツを着るんださうだ。妙な病気があつた者だ。

当人の説明では赤は身体からだに薬になるから、衛生の為めにわざわざあつらへるんださうだが、入らざる心配だ。そんならついでに着物も袴も赤にすればいゝ。(二)