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私の個人主義こじんしゅぎ
―個人主義と人格との関係について述べた講演録―

夏目漱石(1867~1916)の学習院輔仁会においての講演録。
大正3年(1912)11月25日。

漱石の考える個人主義とは自己本位に立脚して、自己の個性の発展に努めることである。ただし、これは倫理的修養を積んだ人でなければならないことを前提としている。「どうしても人格のある立派な人間になっておかなくてはいけないだろう」とも言っている。

したがって、漱石の考える個人主義とはたんなる利己主義とは違う「道義上の個人主義」であるといえる。また、個人主義にちなんで権力や金力の濫用の危険性も警告している。

今までの論旨をかいつまんで見ると、第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任をおもんじなければならないという事。つまりこの三ヵ条に帰着するのであります。

 これをほかの言葉で言い直すと、いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展する価値もなし、権力を使う価値もなし、また金力を使う価値もないという事になるのです。それをもう一遍いい換えると、この三者を自由にけ楽しむためには、その三つのものの背後にあるべき人格の支配を受ける必要が起って来るというのです。もし人格のないものが無暗むやみに個性を発展しようとすると、ひとを妨害する、権力を用いようとすると、濫用に流れる、金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。随分危険な現象を呈するに至るのです。そうしてこの三つのものは、貴方がたが将来において最も接近し易いものであるから、貴方がたはどうしても人格のある立派な人間になっておかなくては不可いけないだろうと思います。